夢の終わり2020
——―――――———―――――—
やがて地獄に下るとき
そこに待つ父母や
友人に何を持つて行かう
たぶん私は懐から
青白め、破れた
蝶の死骸をとり出すだろう
さうして渡しながら言ふだらう
一生を
子供のやうに、さみしく
これを追つてゐました、と
蝶-西條八十
——―――――———―――――—
30日にディズニーランドへ行った
実に10年ぶりだったわけだが
この10年間敬遠していた理由もとくになかったのだけれど
いざ訪れてみると
ただ疲れた
ただただ疲れた
何が楽しかったとか
誰が面白かったとか
どれがかわいいとか
なんにも記憶に残っていない
遊びに行ったグループに
同じ町に住んでいる女の子がいて
その子と帰りに飲みにいったら
友人たちにからかわれた
ほんとうにその子のことは大して意識してなかったのに
そう言われてみるとなんだかそういう気持ちになってしまって
人の心は簡単にうつろうなと思った
——―――――———―――――—
2020年になった
1/1に「去年」という言葉を使うのにどうにも抵抗があるが
あえて去年という言葉を使いたいし
まずは去年の振り返りをさせてくれ
(今日は寝てないから31日の延長みたいな雰囲気でこのブログを書いてるけど、実際は1/1の朝6時30分であることを白状します)
去年はいろいろあった年なのかもしれない
留年が確定し
それでも講義をサボり
両親にも自分にも嘘をつき続けた
夏に本気の恋をした
心の底から好きで好きで仕方なくて
自分のできることは全てやったと思うし
彼女の求めることは全て叶えてやりたいと思った
力及ばずフラれてしまったけれど
今でもその子のことを考えると胸が苦しいし
正直新しい恋をする気持ちにはなれない
冬には母に今まで真面目に講義にいかなかったことが発覚し
金も居場所も友人も
すべて監視されてしまうようになった
息苦しい家と母であったのは以前から変わらないけれど
それに輪をかけて苦しくなってしまったのは間違いない
そして、この家から出る唯一の方法は
大学を卒業することだ
友人の家に飛び込むことも不可能ではない
通帳もキャッシュカードも母に抑えられているけれど
やりようはいくらでもあるのだ
やらないのは、母に対する恩義があるから
母の生きがいはぼくだけだということを嫌というほど知っている
そしてそれが大いにぼくを苦しめてきてきたのも事実だ
だけど
だけれども
受け取った愛、払ってくれた金、受けさせてくれた教育、何一つ他の家庭に劣るものではない
しかしこの息苦しい家からはすぐに出たい
だから母の納得する結果が必要だ
結局母の敷いたレールを走っているのだろうか
人生は難儀だ
どこに向かえばいいのか、まだわからない
2020年は行き先の見つける年にしたい
精神の落としどころと
まともな女との恋愛
金と女の話だけでぼくの人生は回っている
あまりにも矮小なカスの小人だ
俗で無知でどうしようもない
この生き方には満足している
金はない
女もいない
それだけが価値だと言わんばかりだ
でも
悪くない